入賞者の全動画と入選者のダイジェスト
第9回福田靖子賞選考会に参加した9名の中高生ピアニストの選考会での演奏をYouTubeで公開しています。9人のきらめく個性を、ぜひお楽しみください!
第1位 福田靖子賞
第2位
第3位
入選
入選
入選
入選
入選
レッスンリポート
世界トップクラスの3人の名教授と、9人の熱心な受講生の白熱のレッスンレポートを、ダイジェストでお届けします。(レポート:嶌村直嗣(東音企画Wキャリア生))
- リスト:「ノルマ」の回想 S.394
先日のピティナ特級でも素晴らしい演奏を披露してくださった亀井さん。この日も雄大かつ緻密なリストを聴かせてくれました。「とても素晴らしい演奏だったので、より表現の内容を充実させるために、私からヒントをあげましょう」との言葉で始まったレッスンでは、細かい和声の内声部の聴き方や、付点のリズムの鋭さ、そして様々な声種・楽器が登場するオペラの編曲作品ならではの、幅広いメロディーの波を感じる歌い方、などのアドバイス。長年に渡り、そして今もなおピアニストとして活躍されているアシャツ先生だからこその、実用的で説得力のあるヒントで、既に完成されつつあった亀井さんの演奏が、よりダイナミックで、多彩な表情をみせる演奏へと変化していく、魔法のようなレッスンでした。
- シューマン:トッカータ ハ長調 Op.7
「曲のデザインをより鮮明に表現するために、フレーズの核となる音がどこにあるかをよく考えてください」と、ブルーベイカー先生。音楽は言葉と同じで、アクセントが付く場所によって、自然な表現にもなれば、ジョークのような意味合いにもなってしまう、とのこと。特に現代ピアノではアクセントがついてしまいやすいため、繊細に音をコントロールしなくてはなりません。また、椅子の座り方について、腕の筋肉に余計な緊張を負荷してしまうと、音にエッジがかかりやすくなってしまう、という観点から、効果的な椅子の座り方、腕の使い方も指導してくださいました。音を"聴く"ことの大切さを多角的な視点から指導してくださったブルーベイカー先生。一音一音を深く考え、意味合いを持たせようと綿密な演奏を披露してくださった八木さんの演奏が、より表情豊かな演奏へと変貌していきました。
- ショパン:エチュード ホ短調 Op.25-5、ロ短調 Op.25-10
クピエツ先生の希望により、オクターブのエチュードからレッスンが始まりました。オクターブは技術的な側面を考えてしまいがちだが、二つの声部がお互いに流れている、という捉え方をしてみてはどうでしょう?と先生。一つは旋律になる声部、そしてもう一つは影になる声部、という考え方で各声部ごとに練習をすることで、神原さんの演奏もより自然な息遣いのオクターブへと変化していきました。また第二主題では、タッチすることを恐れず、シャイにならず温かい声で歌ってください、とアドバイス。繊細な音を鍵盤の表面だけで演奏するのではなく、この曲の第二主題のような部分でも、奥行きのある音で歌うことの大切さを教えていただきました。続く作品25-5のエチュードでは、ペダリングに焦点があたりました。今の若いピアニストは、小さな部屋でピアノを弾くことに慣れていて、大きなコンサートホールで同じペダリングで演奏してしまうと、聴衆に伝わりづらくなってしまう、と先生は仰います。私たちはもう少しペダルに寛大である必要があるのかもね、とクピエツ先生。そしてペダリングに関してもそうですが、とにかく"聴く"ことが大切であり、私たちは音を聴こうとする姿勢をやめてはならないのです、と楽器演奏の根幹にあたる部分を再認識させられる、充実したレッスンとなりました。
- ショパン:バラード第1番 ト短調 Op.23
「もっと重苦しい口調で語りかけてください。若いときに故郷を離れなければならなかったショパンの魂の痛みを想像してみて?」と、熱く語りかけるクピエツ先生。"痛みはある、だがあまり表に出したくはない"という内向的なエネルギーがこの曲のキャラクターを形成する、といいます。また、「運命がノックして近づいてくるような」というフレーズを、先生は何度か繰り返し仰います。曲を通して、死に抗うショパンがこの曲にどう表れているか、そしてそれをどのようなアプローチで演奏すれば聴衆に届けられるかを、情熱的かつ知的に教えてくださいました。クピエツ先生のショパンへの想いが存分に感じられたこの時間は、予定されていた時間を大幅に超える、白熱したレッスンとなりました。
- シューマン:ピアノソナタ第3番 ヘ短調 Op.14より
「結局、僕たち指導者にできるのは、こういう素晴らしい能力を持った生徒さんたちのパーソナリティを殺さないように気を付けながら、楽譜から忠実に再現された演奏になっているかをチェックしてあげることしかない」というブルーベイカー先生の言葉でレッスンが始まりました。同じ作曲家の曲でも、曲によって多様な弾き方が求められ、一曲一曲の楽譜特有の要素を掘り下げることが大切だ、とのこと。楽譜を忠実に紐解き、楽譜に基づいた演奏をするためのアドバイスを多数していただきました。楽典的な要素だけではなく、拍感の捉え方や、"強い"ではなく"重い"スフォルツァンドの用い方など、作曲家の特徴を理解した上でのヒントもしてくださり、楽譜を立体的な視点でとらえるアプローチの方法を教えてくださったのではないでしょうか。岸本さんのシューマンも、輪郭が明確で説得力のある、より魅力的な演奏へと変化していきました。
- ドビュッシー:「花火」、モーツァルト:ピアノソナタ第10番 ハ長調 K.330から
とてもみずみずしく、純真な演奏を披露してくれた国本さん。最初のドビュッシーでは、脈々と続くこのプレリュードの中でどのようにメリハリをつけるか、という観点から、ブレスをする大切さ、拍子感が失われてはならないことなど、様々なアドバイスをしていただきました。後半のモーツァルトでは、キャラクターを表現するにはどのような点に留意する必要があるか、というテーマ。トリルが鋭く入りすぎない、息づかいや休符を感じることのできるテンポ設定、そしてブレスやアクセントを挟む位置を一つ工夫するだけで、とてもチャーミングなフレーズへと変化する、などのヒントを教えてくださいました。ドビュッシーのプレリュードもモーツァルトのソナタも、生徒さんのレッスン曲をサラッと演奏してしまうアシャツ先生。実際に演奏してくださることで、国本さんにもよりダイレクトに伝わり、瞬く間に演奏が変化していく、とても素敵なレッスンでした。
- サン・サーンス=リスト:死の舞踏
芯が強く、リストのヴィルトゥオーゾな要素を存分に感じさせる演奏を披露してくださった須藤さん。アプローチの一つとして、もう少し怖くてミステリアスな部分があってもいい、とブルーベイカー先生。エチュードのように弾くだけでなく、ペダルによる濁りでミステリアスな響きを表現するテクニックを教えてくださいました。その他にも、語源の言葉の意味"何かを破く"に沿ったスタッカートの出し方や、アルペジオはオーケストラのハープを参考すると良い、時にシンプルに演奏する方が聴衆に響きやすいこともある、など、様々な角度から効果的かつ実践的なアドバイスをしていただきました。そして最も印象の残った言葉として、「良いコンサート、良いレッスンというのは、自分の知らないアイデアを知ることができる場所、ということ。自身の演奏の癖を知り、いつも同じアプローチをするのではなく、時に変えることも必要です」とのお言葉。充実した演奏へのヒント、そして今後の音楽家としての道を歩む上でのアドバイスと、ブルーベイカー先生の若きピアニストへの想いが詰まった、とても実りのあるレッスンとなりました。
- ショパン:ノクターン第13番 ハ短調 Op.48-1
「この曲はシンプルなノクターンではない。"夜の曲"として弾く必要はないんです」日本人に馴染みのある炊飯器に例え、"内に熱いものを秘め、外へは蒸気がふわっと出ている"、という状態ではなく、"内に熱いものを秘め、外へも蒸気をモクモクと出して"、とユーモアがありながらもとても理解しやすい例えが印象的です。ショパンには男性的な部分と女性的な部分、あるいは陰と陽、といったように、どの部分にも必ず二面性をはらんでいることを忘れないように、とクピエツ先生。オクターブの連続を弾くときに、指の位置は白鍵と黒鍵の境目に近いポジションを維持し、手首の位置を上下しないことがポイントである、といった実践的なアドバイスも必ず踏まえつつ、ショパンのエッセンスを山崎さんへ存分に注いでいただき、山崎さんもそれに呼応するように、素晴らしい演奏で応えてくれました。
- ラヴェル:「クープランの墓」より「メヌエット」「トッカータ」
とても感情的なメヌエット、そして軽快なトッカータを披露してくれた渡辺さん。「この曲集は第一次世界大戦で戦死した六人の友人へ捧げられた作品だということを覚えておいてください」と述べられた後、メヌエットでは、名ピアニストであるアシャツ先生ならではの、細かい指使いやペダリングについての指導を存分にしていただきました。トッカータでは、「どんなテンポでもいいからはっきりと弾いて欲しい」というラヴェルがこの曲に述べた言葉を紹介。テンポの提案、左右のバランスや歌い分け、最終部のバランスコントロールなど、実際に演奏してみせながらの指導で、渡辺さんの演奏もより明確で、より"トッカータらしい"魅力的な演奏へと変化していきました。
まとめ
ピアニストとして長年に渡り第一線で活躍されているアシャツ先生、現代音楽をフィールドとしつつ、現代のピアノ指導に明確なビジョンを描いてらっしゃるブルーベイカー先生、そして、作曲家への真摯なアプローチを前提に、情熱的な指導をしてくださるクピエツ先生。今年度は三者三様、様々なフィールドでの第一人者の先生方にお集まりいただき、参加された若きピアニストの方々、そして聴講に来られた方々も、とても実りのある時間を過ごすことができたのではないでしょうか。
"コンクール至上主義"といっても過言ではない今の時代。若きピアニストが羽ばたく場所として、またその明確な目標としての良いきっかけとなり得る一方、大きな渦に飲み込まれて音楽との向き合い方を見失ってしまう若きピアニストもきっと存在するかと思います。
"音楽をする"、"ピアノを弾く"ということは、まずその自分自身の幸せや充実感のためであって欲しい、と願ってやみません。そのための原点でもある、作品の魅力を純粋に感じるためにはどう向き合えば良いか。先生方の奏でる音、或いはその言葉で、ハッとさせられる瞬間が何度も存在した、そんな二日間だったと実感しています。
レッスンを受講された9名の若きピアニストが、今後どのように成長し、数年後にどのような音楽を奏でているのか。少しばかり気が早いですが、今から楽しみにしていたいと思います。(レッスンレポート執筆:嶌村直嗣)