- トップ
- トピックス一覧
- コンペ50回記念企画:わたしとコンペ
- コンペ50回記念企画:わたしとコンペ 第1回:小田紗矢香さん
コンペ50回記念企画:わたしとコンペ 第1回:小田紗矢香さん

半世紀にわたり、ステージの上で自らの可能性に挑戦する多くのピアノ学習者とともに歩んできたピティナ・ピアノコンペティション。50回開催の節目に、それぞれの成長の軌跡と舞台に刻まれた数々の物語、そして未来へ続く歩みをたどります。
私は現在、シンクタンクでヘルスケア分野の政策調査やデータ分析に携わる仕事に従事しています。幼少期から高校卒業までコンペと共に歩み、A1級からF級までを完走して「コンプリート賞」をいただきました。その後10年ほどのブランクを経て、現在は社会人として再びピアノのステージに戻っています。
これまでのピアノとの関わりを振り返ると、ピアノを通じて得られた「レジリエンス(折れない心)」と「プロセスへの集中」があったように思います。
私の「コンペ史」の中で、最も強烈な、そして今では笑って話せるエピソードがあります。中学生の頃のことです。
他県のコンペ会場へと向かう当日、想定外の渋滞に巻き込まれ、予約していた新幹線を数分差で逃してしまいました。「これまで重ねてきた努力が、演奏すらできずに終わってしまうのか」――。震えるような焦りの中で、私は後続の新幹線に飛び乗り、揺れる車内で母に手伝ってもらいながらドレスに着替えました。
駅から会場まで必死に走り、受付に滑り込んだのは出番の直前。息を切らしてステージに向かう私を包んだのは、皮肉にもこれまでにないほどの解放感でした。「あぁ、ピアノがそこにある。弾けるだけで、なんて幸せなんだろう」と。
結果的に遅延による減点はありましたが、その時の演奏は、点数や順位といった「結果」への執着が削ぎ落とされた、とても純粋な音楽の時間でした。この経験は、大人になった今、予期せぬトラブルに直面しても「今できる最善は何か」を冷静に判断する度胸の原点になっています。
私は大学院で博士号(理学)を取得しました。5年間、心臓の拍動に関する研究に明け暮れる日々の中で、ふと気づいたことがあります。「あ、これはピアノの練習と全く同じだ」と。
科学の実験は、仮説を立て、泥臭い試行錯誤を繰り返し、何度も失敗を重ねた先にようやく一つのデータが得られる世界です。ピアノも同様です。1小節が弾けなくて悩み、1日単位では進歩が見えないかもしれない。それでも「逆算」して計画を立て、日々鍵盤に向かい続ける。
「一見、非効率に見えるプロセスを積み重ねた先にしか、真理(美しい音楽)は見えてこない」
この感覚を幼少期からコンペを通じて身体に染み込ませていたことは、研究を進める中で私の大きな強みになりました。現在、国の政策立案支援という「正解のない問い」に向き合う仕事においても、ピアノで培った「粘り強く答えを探し続ける力」が私を支えてくれています。
社会人になり、自分の環境を整えてから再開したピアノは、ジュニアの頃とはまた違う輝きを放っています。
再開直後は「10年の空白で技術が退化したのではないか」と不安もありました。しかし、ステップのアドバイザーの先生からいただいた「その空白の時間こそが、音楽の深みに繋がっている」という言葉に救われました。仕事での経験、人との出会い、挫折。それらすべてが音の色彩となって現れるのが、大人のピアノの醍醐味だと感じています。
思うように練習の時間がとれないことがあり、現在は目標とするコンクールやステップから逆算し、年間のスケジュールを組んでいます。本番が近くなると、体調を整え追い込んでいく過程は、単調になりがちな日常生活に素晴らしい「張り」を与えてくれます。
コンペティションという舞台は、時に過酷です。努力が必ずしも結果に結びつかないこともあります。しかし、そこで得られる「本番力」や「自己を客観視する力」は、音楽の道に進む・進まないに関わらず、人生のあらゆる場面であなたを助けてくれる一生の財産になります。
どうか、目の前の結果だけに縛られず、音楽と向き合うそのプロセス自体を慈しんでください。長く継続した先に待っているのは、点数ではなく、「どんな場所でも、自分を信じて歩み続けられる」という、しなやかな強さなのではないかと思います。
毎年の参加要項や楯は、今も大切に保管しています。コンペ参加の歴史を感じる思い出の品の一つです。
記事一覧へ

